エストニアでの生活

エストニアを去ってからチェコに移住するまでの記録

久しくブログを更新してなかったので、前回からの近況をまとめたい。

5月

5月にエストニアでの就労を終える。去り際にチームリーダーから「パートタイムでいいから、ウチのチームで働いてくれない?この会社だったらチェコから完全リモート勤務でも全然問題ないしさ」という提案を受ける。

「その前にチェコでの暮らしと新しい職場に慣れてからじゃないと…。それにチェコ語の勉強もしたいんで、今すぐに”はい”とは言えないです」と言って断る。でも自分の実力とやってきた仕事を認めてもらえたような気がしてちょっと嬉しかった。

 

エストニアでは非リア充な暮らしを送っていた。移住当初は住み心地の良さが気に入っていたのだが、次第に仕事と勉強以外にエストニアに住む意義を見いだせなくなっていたのだ。オーストラリアに住んでいた時のように

(ところで自分はこの”リア充”とか”非リア充”とかいう言葉を使うのに抵抗がある。リアと聞くと10年以上前に流行ったグラビアアイドルのリア・ディゾンを思い出すのだ。”リア”が”充”ちているってどういう事さ)

仕事以外でこの国に住んでいる意義を作りたいと思って、面倒に感じても人脈を拡げようとした。ロシア語やキックボクシングを習ったりもしたし、社員旅行にも顔を出して他人と関わろうとしたのだが、次第にそういった活動にも足が遠のくようになってしまった。面倒なだけで面白くないなぁと。

ある日、Youtubeで海外移住者の動画ブログを観ていたら、「俺ももっとでかくて活気のある街に住みたいな」とか、「完全リモートの仕事を見つけて、東南アジアや南米あたりに住んでみたいな」なんてことを考えている自分に気付いたのだ。「俺の人生には冒険が欠けている、ここにいては退屈で死んでしまう」と。

 

私生活ではリアが充ちていなかった一方で、仕事では常にチームの期待に応えられていた…と思う。在籍期間中に3回ほどリーダーやマネージャーからフィードバックを貰える機会があったんだが、仕事の面ではほとんど褒められたことしかなかった。君はよく成果を上げてくれてるからこの調子で働いてほしいと。改善点として上司から言われてことといえば、「君はチーム内での外食や社内での催し物にもっと参加すべきだ」であった。

退職の3か月位前には「新しいチームのリーダーをやってくれるか」とも打診を受けた。頼りにしてもらえて光栄だった(まぁその後すぐに退職の意向を伝えたので、結局リーダーにはならなかったが)。

また、この会社では(それまで自分が経験したかった)バックエンドの開発をたくさんやらせてもらえたし、DevOps関連の業務も少しだけ任せてもらえた。オーストラリアやポーランドでもバックエンド周りの仕事はしていたが、レガシーな技術が使われていたりクソコードのメンテナンスをすることが多々あった。このエストニアの会社では比較的新しい技術を使わせてもらった。この会社で覚えた技術は今後転職をする際に大きなセールスポイントになると思う。感謝。

 

エストニアにまた住むことはあるだろうか?仕事の条件次第だと思う。ほぼ英語だけで生きていけるし、街並みもきれいで、(ビザ申請等の)行政サービスがとても円滑なので非常に快適な場所であった。もし額面月収が4,500€、できたら5,000€くらいのオファーを貰えたら再移住もありかな(ちなみにエストニアだと月5,000€はめちゃめちゃ好待遇です)。その日が来るまで精進である。さよならエストニア。また会う日まで。

6月

退職したらすぐにワルシャワのチェコ大使館へ行った。ビザを受け取る為である。

ビザを受け取った後にもらった手紙。チェコに着いたら就労カード(就労許可証みたいなもの)を申請しに行きなさい…みたいなことが書いてあるらしい

 

転職先と最初の面接をしたのが去年の11月、オファーを貰ったのが12月、オファーを受諾してビザ取得の準備を始めたのが今年の1月上旬。マジで長かった…。

それが終わってからはグダニスク(ポーランド北部の街)に行く。ポーランド時代の友人に会うために。

ワルシャワ中央駅

 

同じく、ワルシャワ中央駅。ウクライナ人向けの受付ブース(だと思う)

 

約1年半ぶりに来たグダニスクは相変わらず美しかった。「チェコじゃなくてグダニスクで仕事探せば良かったんじゃ…」という考えが一瞬頭をよぎる。が、自分の技術スタックに合いなおかつ高給そうな求人がグダニスクでは見つからなかったことを思い出す。うん、やっぱり次はチェコで頑張るぞ。

グダニスクの駅

 

その辺のショッピングモールで見つけたTシャツ

 

ワルシャワへ戻り、PCR検査を受け、その2日後に帰国。コロナ発生時以来、およそ2年半ぶりに日本へ帰る。3週間ほど実家で居候する。友達の少なさに定評のある俺はチェコ語を勉強をする以外は家事を手伝ったり公園で筋トレしたりして過ごす。「次はいつ帰れるかわからないから、親孝行しておこう」と思って母親にパソコンを買って設定をしてあげた。円安のおかげで安く買えた。ラッキー。

 

6月の下旬にチェコのプラハに渡航。

7月

渡航して間もなく転職先での就労が始まった。

渡航してから2日ぐらいは新しい街での暮らしを楽しんでたんだけど、3日目ぐらいから高揚感よりも疲労感の方を強く感じるようになった。思い当たる原因は…

  1. 思っていたよりも言葉の壁で苦労している。チェコには過去3度来たし、プラハにはそのうち1度来たことがあった。そのプラハに来た時は「英語だけでも生活できそうじゃない?」と感じたんだが…
  2. チェコ語が難しすぎる。覚えられる気がしない。
  3. チェコで暮らしていくにあたり、まだ慣れないことや調べないといけないことがたくさんある。例えば銀行口座を開設しなければいけなかったんだけど、どの銀行を使った方が一番得なのかを調べなければいけなかった。
  4. アパート探しがしんどい。メールを送っても返事が来る場合の方が少ない。ポーランドの時よりも苦労している気が。(ちなみにこれを書いている時点ではもう長期のアパートが見つかりました。そこに引っ越すまでは会社が用意してくれたアパートに住んでます)。
  5. アパートの敷金がどこも高すぎ。
  6. 会社のオフィスが凄く寂しい場所に見える。コロナ発生以降ほとんどの社員がリモート勤務をしているらしく、俺のチームメイトも全員自宅から勤務しているそう。前の職場では出社すればとりあえず誰かと世間話ができたんだけど、その機会がなくなってすこし悲しい。
  7. ユーロが安くなってきている。チェココルナ(チェコの通貨)で給料が入るまであまり下がらないでおくれ。

 

…と、5月の下旬からこんな感じで生活してきました。正直言うと、ここ直近の数日でも言葉の壁で苦労したり、「俺本当にここで生活できんのかな…」と憂鬱感を覚えることが度々あります。チェコでのサラリーマン生活編、いったいどうなってしまうんでしょうか。

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