「ブラック企業」や「社畜」といった言葉は私が日本で会社員だった頃(約7〜10年前)はオタクしか使わなそうなネット上のスラングだったのですが、今ではネット上にとどまらず一般的に使われる言葉になったような気がします。
「私は来年就活をすることになるんだけど、もしブラック企業に入ったら…と思うと少し不安になってしまう。会社員として生きていくならオーストラリアみたいな国に住みたい。ワークライフバランスが良いと聞いた事があるから」
オーストラリアにいた頃、日本人のワーホリや語学留学をしに来ている学生に会うと、彼ら・彼女らの中で度々そういう話をする人がいたのでした。
こういう考え方(=ブラック企業に入りたくないから、ブラック企業が存在しない社会へ行く)は自然ですし、個人的には奨励されていいと思っています。そりゃブラック企業に入る人間がいなくなれば、そういう企業自体存在できませんから。
じゃあ「ブラック企業や社畜文化を受け入れられない人は海外へ脱出すべきか?」というと、別にそうでもない気がします。今日はその理由について書こうかなぁと。
目次
理由1:「海外にはサービス残業は無い」という考え自体、残念ながら既に間違いだから
このブログを読みに来てくれる人の多くが海外で働くことに興味があり、そして海外で働く事に興味がある人の多くが「海外は労働環境が良い」と信じているのではないでしょうか。そういった人達を失望させたくなくてずっと言わないでいましたが、海外にはサービス残業が全く無いわけではありません。
(それ以前に”海外”って対象が広すぎますからね。たまに「海外と比べて、日本は労働時間が長い」みたいなことを言う人がいますが、あぁいう方々は具体的にどこの国の話をしているのでしょうか)
私の前職(オーストラリアにある零細ITスタートアップ)の例を挙げます。その会社では私は普段は毎日定時退社してましたが、プロジェクトの終盤で進捗通りに開発が進んでいない時や退社直前にとんでもないバグが見つかった時は普通に残業していました。雇用契約に残業には手当がでるなんて書いてなかったので、もちろんその分は手当なしでした。
私はそこでちょうど3年間働きましたが、一番忙しかった時期は1か月でおよそ30〜40時間程残業しました。(30〜40という数字はうろ覚えですけど)
次に、私が会ったオーストラリア人達の例です。オーストラリアに住んでいた頃、シェアハウス暮らしを通じて、会社員、薬局の店員、大学の講師等と知り合いましたが、何らかの理由で急に忙しくなってしまったらやはり「残業はする」と言っていました。
「手当はちゃんと出てるの?」みたいな野暮な事はいちいち訊きませんでしたけど、話の流れからして残業代無しで働くことはあったみたいです。
試しに”australia unpaid overtime”でググってみたら、やはり「オーストラリアの無賃残業問題」みたいなニュースが見つかりました。これとか。
「一番忙しかった月は残業40時間?そんなに大したことなくね?」日本で会社員だった頃の私がこの話を聞けば、そんな反応をするかもしれません。でも、「海外=サービス残業のない楽園」みたいなイメージを誰かに植え付けたくなかったので、「海外ではサービス残業なんて無いよ」みたいな発言はこれまでしないようにしてきました。
理由2:金と時間がかかりすぎたから
「海外で働けるようになる」という目的を果たすのに、私の場合は合計約5年の年月と約800万円のお金がかかりました。800万ですよ。自腹で。渡航費や英語教材やIELTSの受験費とかの細かい費用を入れたらいくらになるのかな…
「そんな額のお金、一体何に費やしたのか」って?主に大学院(+大学に付属している英語クラス)の学費及び卒業までの滞在費です。
「じゃあ留学なんかしなきゃよかったじゃん。日本にいながら海外の求人に応募すればよかったんじゃないの」と思っている人もいるかもしれません。が、海外就職の目標を建てた頃、私には海外で使える手に職もなければ語学力もありませんでした。当然ながらそんな人間が現地の企業からビザを出してもらえるはずもありません。
だからこそ、「自力で就労ビザが確実にもらえそうな国を選び→大学(院)でITかCSを勉強し→手に職をつけ→学歴で箔をつけ→卒業後に貰える就労ビザを利用して現地で就活をする」という道を選んだのです。(詳しくはこちらの記事にて)
これは私の例に過ぎないのですが、手に職なし&語学力なしの人間が海外で働こうとすると、それだけ金銭的・時間的な投資がかかる場合があるということです。そういった事実を無視して「日本の残業文化が嫌いなの?じゃあ海外で働こうぜ」なんて軽々しく言えません。
注:繰り返しますが、あくまでこれは私の例です。もしあなたが…
- 既に住みたい国で需要のあるスキル+語学力を持っていて
- そのスキルに関連した学歴+職歴があり
- どうやってその国で就活をするのか知っていれば
ここまでの投資はいらないでしょう。
また、話は脱線しますが、ドイツのように大学・大学院の学費が激安な国も存在しますので(詳しくはこちらの記事にて)。大枚はたいて留学するのが嫌なら、そういう選択肢があるのも覚えておいてください。
理由3:ビザの関係で就職の前後に苦労したから
永住権が無いと転職が難しい
一般的に言って、永住権が無いとその国の中で転職するのが難しいです。
オーストラリアで働いていた頃、私は永住権がなかった為に転職できませんでした。
オーストラリアの企業が永住権を持っていない外国人を雇うには、就労ビザの申請代を払わなければならず、また就労ビザの申請には「年収_ドル出せる人間のみに限る」といった条件が存在します。その為、大抵の企業は既にビザのサポートがいらない人間を好みます。結果、永住権を持っていない場合、転職のハードルが上がります。

2021年追記
2019年と2020年にEU諸国の企業をターゲットにして転職活動をしたのですが、やはりこの時も『自分はビザを出してもらえないと働けない』という事実は足枷になってしまいました。
例を挙げます。オランダのとある企業に応募した際に面接で年齢を聞かれたんですが、数日後に『君の年齢だと、オランダでは年_万ユーロ出せる人にしか就労ビザを出せないんだ。うちの会社だとシニア以上のポジションだけがそれに該当するんだが、今はそういったポジションは空いてないんだ。ごめんね』といった形で不採用に終わりました。
国によってはビザの手続きに翻弄される
前の職場を退職してから今のポーランドでの勤め先での勤務が始まるまで、予想以上に長い無職期間を過ごしてしまいました。ポーランドのビザの取得の為です。
また、その期間中、ビザの手配をしてくれたビザの代行会社に質問しても返事が1週間以上こなかったことが度々あり、「返事がこないってことは何かまずいことでもあったのか?本当にこのビザ降りるのかな…」とよくそわそわしてました。
言うまでもなく、日本に居れば「ビザのせいで転職できない」だの「いつ降りるのかわからない」だの心配する必要ないですよね。私はこれまでビザ関係で結構面倒な経験をしてきたので、これを話さずに「海外で働いた方が楽だよ」みたいな事は言う気になれません。
理由4:労働環境が良くても、他で我慢しなければならない事があるかもしれないから
私がこれまで働いたことのある国はオーストラリアとポーランドです。そのどちらにも素晴らしい所もあれば気にいらない所もあります。
オーストラリアは賃金と生活水準がとても高い一方、賃金の上昇が不動産の価格の上昇に追いついていません。その為、フルタイムの仕事があってもシェアハウス暮らしをしている人が多くいました。(私もそうでした。)
ポーランドは物価が低いのですが、生活水準自体はそれほど低くありません。しかし、冬の期間の大気汚染が深刻であり、地域によっては安心して水道水を飲めない場所もあります。

じゃあ他の国・地域はどうでしょうか?
アメリカは?医療費が物凄く高く、庶民はまともな医療サービスを受けられないと聞きます。
シンガポールは?過密で住みにくそうな印象があります。もしかしたらオーストラリアと同様に住居探しに苦労するかもしれません。
西ヨーロッパ諸国は?2015年の難民危機以降、難民に紛れて不法移民が流入した結果治安の悪いエリアが増えてしまったというニュースを何度も目にしたことがあります(例)。
こんなありきたりの事を言うのは若干気が引けますが、なんだかんだで日本は清潔で平和な素晴らしい国です。外国の暮らしの興味が無くてワークライフバランスだけがあなたの関心事なら、キャリアを変えるか雇われずに生きて行く道を日本で探すのはいかがでしょうか。
理由5:クビになりやすいから
日本では解雇規制が強固であることが知られています。海外で働くということは、日本で働く場合と比べるとクビになりやすいということを受け入れなくてはなりません。「説教臭い話しやがって…」と思われそうですが、日本以外で会社員生活を送るということは
- クビにならない努力
- クビになってもすぐに次を見つけられるための準備(社外で人脈を作っておく、ネット上で情報を発信し続けて他社のリクルーターから自分という人間の存在を知ってもらう、等)
を普段からしなくてはなりません。
私の場合、日本で会社員だった頃と今の生活と比べると、会社で費やす時間はかなり減った一方、勉強に費やす時間と会社で費やす時間を足すと、日本でサラリーマンをしていたころの労働時間と大差ない気がします。
欧米諸国で働ければ残業時間は減るかもしれません。じゃあ楽な毎日が待っているかといえば、必ずしもそうではない気がします。
最後に
私はバランスの取れた生活を送らせてくれる今の職場(+オーストラリア時代の前の職場)には感謝してます…が、だからといって劣悪な労働環境で会社員生活を送っている人、これから社会人になる人全員に対して
「サービス残業したくないだろ?じゃあ海外で働こうぜ」
みたいな極端な事は言わないようにしてきました(し、今後も言わないと思います)。
前回の記事の最後にも書いたのですが、海外で働くという選択肢は、ワークライフバランスの取れた生活を送るための数ある選択肢のたった一つにすぎないのです。
この記事を読んで、もしあなたが「じゃあ海外で就職なんてやめとこう」と思ったのなら、日本でワークライフバランスの取れた職場を探すか、会社員として働く以外の生き方を模索していった方が結果的に幸せになれるのかもしれません。
その一方、もしあなたに冒険心があり、異国での暮らしに興味があり、あるいは特定の国や地域へ行った方が待遇が良くなる見込みが高いのでしたら、きっと挑戦する価値はあるでしょう。

はじめまして。海外旅行や海外の自由な生活に夢を見て、現在はタイで働いているマリーと申します。
海外のいい面を全面に出されているSNSやブログが多いなか、高橋さんのブログは実経験から多面的に見ており、とても面白かったです。
私の場合、海外へ脱出しても、時間、お金、その他生活面、トータルで日本の頃と比べると変わらない気がしてきたところでした。ただ海外に出ることで、自分の人生で何を優先するのか、考え直す良いきっかけになったことは一番の収穫だと思っています。
これからも高橋さんのブログを楽しみにしております。
マリーさん、こんにちは。
『海外のいい面を全面に出されているSNSやブログが多いなか、高橋さんのブログは実経験から多面的に見ており…』
ありがとうございます!
海外で暮らしてみて良かった点と気に入らない点の両方をバランスよく書いていきたいと思っているので、このコメントはとても嬉しいです。
最近サボってましたが、ぼちぼち更新していきます。
少し前に読んだ「不法移民とトランプの闘い 1100万人が潜む見えないアメリカ」という新書にも、ビザに縛られて搾取されるインド人IT技術者の苦労話が書かれていました。
同じですね。